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贈り物

フランスから 東北地方の被災地に 種牡蠣と養殖資材が 送られてきました

50年前 フランスの牡蠣養殖は 災害により 大打撃を受け 立ち直れなくなっていました
フランス政府も テレビも 新聞も 養殖産業が大変だ!! と言うけれど 誰も助けてはくれませんでした。
本当に 立ち行かなくなり まんじりとも 動けない日が続きました。
復活しようにも 資金も 資材も 種牡蠣も すべて なくなっていました。
もはや これまで と 諦めた時、 日本の 牡蠣養殖業者から 種牡蠣と 養殖に必要な資材が 贈られてきました。 
そして それには 手紙が添えられおり
『 がんばれ!! 』 
と 力強く 書かれていました
その後 フランスの 牡蠣養殖が復活したことは 言うまでもありません

それから 50年
東北大震災の後 フランスから 津波被害を受けた 東北地方の牡蠣養殖業者に
種牡蠣と養殖資材が 送られてきました。
フランスからの 手紙も添えてあり
『 日本 がんばれ!! 負けるな!! 俺たちも 応援してるからな!! 』 と 
と 力強い文字で 書かれていました
本当に 嬉しいことです 力づけられます 勇気をもらえます ありがたいことです 

日本 みんなで がんばれ!!   日本 みんなが がんばれ!!  日本 みんなに がんばれ!!

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by natuyasumi2010 | 2011-11-26 15:47 | つぶやき

母ちゃんと野球

母ちゃんと野球

幼い頃に 父が亡くなり、 母は再婚もせずに 俺を育ててくれた。 学もなく、技術もなかった母は、個人商店の 手伝いみたいな仕事で 生計をたてていた。 それでも 当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので なんとか親子二人で 質素に暮らしてゆけた。 娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は 母の手作りの弁当を持って、 近所の河原とかに 遊びに行っていた。 給料をもらった次の日曜日には クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、 母が勤め先から プロ野球のチケットを2枚もらって来た。 俺は生まれて初めてのプロ野球観戦に興奮し、 母はいつもより 少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。 野球場に着き  チケットを見せて入ろうとすると、 係員に止められた。 母がもらったのは 招待券ではなく優待券だった。 チケット売り場で 一人1000円づつ払って チケットを買わなければいけないと言われた。 帰りの電車賃くらいしか 持っていなかった俺たちは、 外のベンチで 弁当を食べて帰った。

帰りの電車の中で 無言の母に 『 楽しかったよ 』 と言ったら 母は、 
『 母ちゃん バカで ごめんね 』 と言って 涙を少しこぼした。
俺は 母につらい思いをさせた 貧乏と無学がとことん嫌になって 一生懸命に勉強した。 
新聞奨学生として 大学まで進み いっぱしの社会人になった。
母も 喜んでくれた。 そんな母が 去年の暮れに亡くなった。 
死ぬ前に一度だけ目を覚まし 思い出したように 『 野球 ごめんね 』 と言った。 
俺は 『 楽しかったよ 』 と 言おうとしたが 最後まで声にならなかった。

( 出展 『 カーチャン 』 青葉出版 )

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by natuyasumi2010 | 2011-11-18 15:29

幸福の国 ブータン

『 国民幸福度 世界一の国 ブータン 』 の 国王さまが 日本に お越しになられました。

ブータンは 九州くらいの国です。 山奥に ある国です。 工業はありません。 農業の国です。
国民の年収は 日本の 1/10くらいです。 

人々は よく働きます。 まじめです。 温厚です。 優しいです。
テレビはありません。 ゲームもありません。 電子レンジもありません。 ケータイも有りません。 ネットもありません。 
40年前くらいの 日本と同じです。 でも幸せです。

国王さまが おっしゃられるには  幸せは 良い人に囲まれて 生きること これに尽きますと
私が やってきたことは 良い人を 創ること。 良いとは 善いとも 好いとも 美しいとも 素晴らしいとも 書きます。 
そんな人が 集まった国が 幸福の国と 呼ばれるようになった ブータンの 姿です と 

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by natuyasumi2010 | 2011-11-18 09:15